『屋上。』
ー話があるんだ
昨日の夜 電話の切り際に伝えたコトバ
ボクは一体何を覚悟した?
ーうん、わかった。
彼女は力なく小さな声で答える
キミはボクの重苦しい雰囲気を感じ取ってしまったかい?
寒い1月の夕方
その日 ボクは思い詰めた表情をしていた。
そして 彼女は少し淋しい表情をしていた。
ードコに行く?
それでも彼女は普段と変わらないように努めている。
本当、ドコまでも優しい人だ。
誰にも聞かれたくない
誰にも会いたくない
2人だけがいい...そんな時はいつも駅の屋上駐車場の角に行っていた。
ー寒いね。
いつもならよく喋るボクがコトバ少なく話し出す。
ーそうだね、雪...振っているもんね。
彼女の返答もドコかぎこちない...けれど、そのまま彼女は続けざまに...
ーねぇ...話ってなに?
ーうん、この前の事...
彼女はボクを見つめている。視線を感じているのに...
その視線が何だか突き刺さる感覚でボクは俯いたままだった。
ークリスマスの時のこと?それとも一昨日のこと?
ーうん...どっち...もかな
その瞬間、ボクから目線を外し、遠くを見つめるボクだけのその瞳は虚ろげに...そして少しだけ潤んでいた。
ボクの視線に気が付いたのか、ふとこちらを見つめ直して彼女は話し出したんだ。
ーあのね、私はあなたの事が好きだし、とても大切な人だと思っているけど...
ーけど?
ー私...あのね、自分でもどうするべきか判らないの。クリスマスの夜は楽しかった。ガーベラの花も凄く嬉しかったわ。年越しも2人で過せたし...あれは私にとって凄い冒険だったの。その後も一緒に2人で過してきたでしょ...だけど、私はあなたを幸せに出来ているかな?あなたを1人にしたら...こんなに辛い想いをさせているでしょ
ーねぇ、あなたは私の気持ちに気付いてる?
ー気持ち?...うん...でも...何というか...認めたくないというか...今のままでも十分幸せだって思ってるけど...
ーそれじゃダメなんだよ。多分...あなたは優しすぎるの。私のこと誰よりも大切にしてくれているの...ねぇ...それが重荷になる事だってあるんだよ
私...ねぇ...私はどうすればアナタの理想に近づけるの?教えてよ!ねぇ、あなたの霧を晴らすにはどうすればいいの?
ーいや、何もしなくていいんだよ。そのままでいいんだよ!何も望んじゃいないよ。
ー嘘よ!そんな訳ない...じゃぁ、どうしてあんなに淋しい詩を書くの?あんなに切ない詩を私に向けて書くの?
ー全部が全部じゃないって前にも話したじゃないか
ーでも、あれはあなたの本音だわ
ーいや、俺はただただ...お前のことを
ー違うよ...違うわ!私もあなたも傷つくのが怖くて、傷つける事が怖くて...知らず知らずにお互いにお互いの都合が良くなるように仕向け合ってるだけだなんだよ
ふ~~っと大きな溜息しか出てこなかった。
ーなぁ...
ヤメロ!コトバに出すな!
ーなぁ...お互いにお互いの都合良くなる様に仕向け合ってるってことは俺の所にはもう居られないって事?もう、俺の所にはいけないって事?
言っちゃいけない!そんな事言っちゃいけない
大好きな彼女の瞳からは大粒の涙が溢れ出す。
ーなぁ...簡単に考えればいいんじゃない?俺たちは間違ってた?
ヤメロ!もうこれ以上彼女を傷つけるな!責めるな!
わかっていたんだ
そんな簡単に答えが出せる答えなら今までの時間は全て嘘になってしまう。
それに気付かない振りがカッコいいって思ったボクは本当、バカヤロウだ
震える声で彼女は小さく”このままじゃ行けない”と呟いた。
うん...多分、こうなるって思っていた。
こうなるってドコかで覚悟していた。
でもやっぱりキツかった。
でもやっぱり泣きそうだった。
それでも見栄を張った。
何でか自分でもわからなかったけど...格好つけたかったんだ
何か話さなきゃ..."そばにいて欲しい”と言わなくちゃ
このまま一緒にいてくれないか?その笑顔を守り抜きたい
そう言わなきゃ
そう伝えなきゃ
心の中をちゃんと彼女に見せなきゃ...
ーそっか、願い叶うと思っていたのに...ダメだったね
違う!そんな事言っちゃダメだ!
彼女の視線に伸ばした左手首を恨めしそうに見つめていると寒い風が全身を貫いてボクの背中を押す...なんて余計な風なんだ。
あの日から大切にしていた左手首のミサンガを外し電車とホームが見える駐車場のフェンスに引っ掛けたんだ
ーねぇ、キミの願い事は何だったの?俺の願いは叶わなかったから、ここに置いて行くよ。
いつもなら照れて彼女の瞳を見つめる事が出来なかったボクだったけど、この時は違ったよ。
真直ぐ彼女の瞳を見つめて終りを宣言したんだ。
全くもって本意じゃないのに...
本当、不器用な恋の手本みたいだね。
ーあ、あのさ、前にもらった手紙に書いてあったmissingmanの意味...あれね、寂しがりやの小さい男って意味だよ。俺にお似合いだろ?
2人を引き裂いた寒い冬の風にミサンガ1つが揺れている。
彼女に触れたかった。
抱き締めたかった。
だけど、出来なかった。
代わりに風に揺れるミサンガにそっと指を添えてボクは彼女に背を向けたんだ。
彼女は呆然と立ち尽くし歩き出すボクの背中を見てボクを遠く感じていた。
ー行かないで!
追いかけたかったのに...コトバが出なかった
追いかけたかったのに...踏み出せなかった
ボクの背中がドアの向こう側に消えたとき...彼女は何も考えられなかった。
揺れるミサンガ越しにホームから滑り出す電車をただ見送っていた。
ボクが立ち去ってから数分の事。
彼女はホームを覆う屋根の隙間から見えるベンチに座るボクを見つけていた。
今ならまだ間に合う...そう思うのに歩き出す事が出来ない
”行かないで”と人目も憚らず大声で叫んだとしても届く事はなかい
"願い叶うと思っていたのに...ダメだったね"ボクのあの言葉で彼女は傷ついていた。
たった一言で全てが壊れた現実に恐怖していた。
不機嫌そうに座るボクを見ていた...その景色が段々と歪んでいく
別れという現実に彼女はどうしようもなく悲しい気持ちでいっぱいになりまた泣いた
やがてボクはベンチから立ち上がり電車の中へ消えていく・・・
聞こえるわけないのに靴を引きずる聞き慣れた音が消える...ボクを見てそう感じていた。
寒い冬だから暖房の効いた電車へすぐ乗るのが普通なのにボクは発車ギリギリまでベンチに座っていた。
彼女が追いかけてきてほしいという淡い期待をしていた。
そんな訳ないのに。
夕方に降り始めた雪は深夜になっても降っていた。
静かな夜だった...まるで二人過ごしたクリスマスイブの夜みたいだった
その晩に降り続いた雪は二人の足跡を覆い・・・そして雪解けと共に消し去っていく。
二人の姿消えた
あの屋上にも雪が降り積る....静かに降り積る
風に揺れるボクと彼女のミサンガ2つを残して...