『ぎゅっ』
ーまた時間が合いそうなら一緒に帰ろう?
ーそうだね。あ、一緒にそっちのホーム行こうか?
ーうん。
2番線ホームの北側の端っこ
キミが乗る電車のホームに向かう地下道の入口。
夕方の帰宅ラッシュより少し前...この時間は人通りが少ない。
ーあのね...お願いがあるの...
地下道に降りる直前、急に立ち止まるキミ
ーうん。なーに?
ーあのね...ギュッてして
ーここで?駅のホームだよ?
ボクは周りをキョロキョロと見渡した
ーいいの。お願い...私は1人じゃないって思わせて
ーどうした?何かあったかは話せないの?
"話せない”と、彼女は首を横に振って声にならない返事をする。
ボクはこれまでキミを抱き締めた事なんてなかったから...いや、誰一人抱き締めた事がないから...どれ位、力を込めれば良いなんて判らなかった。
ーお願い...もっとギュッとして
ーう、うん.......こう?
腰が引けている...ちょっと変な感じ
ボクはキミに言われるまま力を込めて抱き締めた。
ーねぇ...どうしてそんなに優しいの?
キミが耳元で囁く
ーえ?どうして...
ーだって私、肝心な事何も話してないんだよ...普通、こんなワガママ怒っちゃうでしょ...それなのに、どうしてこんな私をあなたはこんなに大切にしてくれるの?
ーうん...
"好きだからだよ”........ボクはこの一言が出なかった。
ーホームに行こう。
ーうん。ありがとう。ね、手を繋いでくれる?
ドキドキしていた。
ただ、ただドキドキしていた。
抱き締めた時の彼女の温もり、香り、柔らかさ...鼓動...何1つ覚えていないのに
高ぶる自分の鼓動の早さだけはハッキリと覚えている。
ーまだ一緒に居たい...
キミはボクの鼓動を知らない
ーじゃぁ、家まで一緒に行こうか?
ボクの偽りの冷静さは伝わってるかい?
ー本当?嬉しい...でも、近くまででいいよ。
家に近づけたくない理由は何となわかってた。
ーうん。...じゃぁ、近くの公園までね。
毎朝すれ違う地下道を今日は二人手を繋いで同じ方向へ向かって行く
ボクは乗り馴れないロングシートに身を降ろしてキミの街へと向かったんだ