『ポケット貸して』
ーねぇ、聞こえないよ?
ーちょっ...チョット待って...踏切の音が...
時刻は午後9時過ぎ
家の電話で長電話をすると親に文句を言われるから
大量の10円玉を近所の公衆電話に積み上げてたんだ。
ーゴメン、おまたせ。
ーうん。ねぇ、明日一緒に帰ろうよ。
ーいいけど...ドコで待ち合わせする?
ーそっちの学校の前に行くから。部活何時終わり?
ーわかった...終りは3時半の予定だよ。
ーうん。じゃぁ、明日3時半ね...オヤスミ♪
携帯電話もポケットベルも無い時代
僅かな時間でも一緒にいたい二人はこうして帰っていたもの。
落葉の勢いが増す11月も終りの頃。
天気予報通りに冷たい雨が昼過ぎに降ってきた。
授業が終り、部活も早めに終わった土曜日の午後
俺は部室にある自分のロッカーから折りたたみの小さな傘を取り出す。
普段は母親の言いつけなんか”面倒くせぇ”なんて言っているのに...こういう細かい事は守っていたんだ。
待ち合わせは学校の隣にある銀行の前。
軒先の自転車置場は屋根がかかっている。
時計を見た。
15:35...まだそこに彼女の姿はなかった。
コートを着ているけれど制服だけじゃ少し寒い
”あれ?何してるの?帰らないの?”
後から出てきた同級生が声を掛けてくる
ーあぁ、ちょっとな。
”何だい?デートか?じゃーな”
そのデート相手がなかなか姿を見せない。
時計の針が進み、辺りが暗くなり始めてきた
お気に入りのコートの中に手を入れたまま俺は少しだけイライラし始めて拳を握りしめていた。
ーなんだよ...
つぶやきと一緒に吐出す溜息が白く宙に舞うその先に息を切らして走ってくる彼女の姿が見えた。
ーハァハァ...ごめんね...部活中々終わらなくて...ハァハァ...雨も降ってきてるし...待ったでしょ?
ーううん、大丈夫だよ。俺もさっき部活終わったばかりだしさ
まっ赤な嘘。
30分以上も待ったのに!
ーわざわざ走ってきたの?コートは?寒いでしょ?ってか、傘は?
矢継ぎ早すぎたかな?
ーないの...ねぇ...寒いよ...ポケットかして
そう言って俺のコートのポケットに手を入れてきた。
そしてその中で手と手を繋いだんだ。
俺に会う為に冷たい雨の中を走ってきたその手はとても冷たかった。
ーごめん...手...冷たいよね...
ーいいさ、こうやって繋いでいればスグに温かくなるよ。
ーうん。ありがとう...温かい...
ー雨に濡れるからもっとこっちにおいで
ーねぇ...本当は何分待ったの?
ーいいじゃん、それより逆の手を繋ごうか?
ーうん...でも教えてよ!教えないとエクボさわるよ!
ーいいよ。もう、慣れた(笑)
小さな傘に二人寄り添い手を繋いで家路を辿った
11月の冷たい雨の降る土曜日の夕方の出来事。