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真夜中に...想い出ばなしと…だらりんちょ

#089 冒険

『冒険。』

 

 

 

クリスマスが終り、もう今年もあと数日で終わるかというある日の夕方。

 

ーなぁ、よかったら2人で年越しをしない?

 17才の彼にとって、それはかなり大きな冒険への誘いだった。

 

ーうん、いいよ。

 随分あっさりとOKを出した15歳の彼女にとっても、きっと大きな冒険だったに違いない

 

 

 

朝からソワソワしていた大晦日

待ち合わせた時間は午後10時

 

こんな時間に待ち合わせをするなんて彼にとって生まれて初めての事

両親には部活の男友達大勢と過すと告げていある。

こんなにドキドキした嘘をつくのも生まれて初めてだった。

 

 

駅の改札前にある大きな柱に寄り掛かり彼女を待つ

4方全ての面に待ち合わせかと思われる人達がいた。

 

彼は無意識で寄り掛かった柱に指でリズムを刻んでいた。

 

タンタン...タンタン...タンタン...

       タン...タンタン...

 

彼が刻むリズムに別の誰かのリズムがシンクロしている

間もなく彼の指に触れる柔らかくて温かい誰かの指

驚き振り返ると全く同じ格好で彼女が微笑んでいた。

 

ー待った?

 

”してやったり!”と言わんばかりに笑顔の彼女

 

ービックリしたよ!...何か今日雰囲気違うね...なんて言うか...

 ーかわいい?

 

ーうん...めっちゃカワイイ...

 

もちろん、コートは着ていたけど

赤いミニスカートにピンクのタートルネックのセーター

髪型はポニーテール

 

ーどう?この服装好きなんでしょ?

照れながら小さな声でうつむきながら彼女ははにかんでいた。

 

 

 

ーねぇ、イルミネーション見に行く?

 

二人、待ち合わせたは良いけれど全くのノープランだったから彼女の申し出を快諾して二人はキラキラと彩られた街の中へ歩き始めた。

 

ーこのまま真直ぐ歩いて、公園通って向こう側の会場まで歩こう。

 

大人にまぎれて街の中へゆっくり、ゆっくり歩き出した。

最初は楽しくお喋りをしながら歩く二人

寒さからなのか...遅い時間で緊張していたのか...段々会話が途切れていく

 

信号待ちで彼女が話だす。

 

ー寒いね...ね、ポケット貸して

 ーえ?良いけど...

 

ーう~ん...歩き難いか...手を繋いで

 

呼吸する度に白い息が空に舞う

そんな寒さの中で繋いだ手

コトバが少なくても伝わるお互いのキモチ

 

それでも何だか沈黙が怖くて彼がとっさに話し出す

 

ーこのイルミネーションってさ、カップルで見にくると別れるジンクスあるんだってねー

 

ーえ?そうなの?

 彼女は困惑顔していた。

 

ーま、ジンクスだから...迷信みたいなものだから...

 彼は空気を読み取って慌ててフォーしたけど、時既に遅し

 

ーだよね...

 彼女はキラキラ輝く上を見つめ遠い瞳をしていた。

 

 

 

イルミネーションで明るい通りから少し暗い細道に入る。

二人は不思議と沈黙が心地良く感じていた。

そんな暗い細道を通り抜けてメイン会場と言える通りに着いた頃、笑顔で彼女は彼に話しかけた。

 

 

ーねぇ、0時ちょうどの時、あの木の下にいよう

 ーうん、いいよ。行こう

 

ーなんであの木の下なのかわかる?

 ーわからないや...何か言い伝え的な事があるの?

 

ーあのね、何もないよ!何となく選んでみた(笑)

 

 

屈託のない笑顔に見とれていた時、大きなスピーカーからカウントダウンのアナウンスが始まる

0時まであと5秒、彼女は繋いだ手の力をギュッと込めた。

 

ー新年、おめでとう。

 ーうん、おめでとう。

 

ーもうすぐイルミネーション消えちゃうね。

 ーそうだね...でも一緒に年越しできてオレ、幸せだよ

 

そう言って彼女を抱き寄せようとしたその時、幾万もの小さなライトが一斉に消えてなくなった。

彼女は2,3歩前に出て”消えちゃった..."と少し淋しそうな表情

彼は”抱き寄せ年越し大作戦”が失敗し少し残念そうな表情。

 

 

冷えきった体

あの頃は今と違って未成年が堂々と入れる店なんて殆ど開いてなかったから、通り向かいの公園へ行ったんだ。

ベンチに座り二人、缶コーヒーで温めあった。

 

 

ーそうだ!スケートに行こうよ!

 

唐突な提案だと彼は思ったけど、二人でいられるなら何でも構わないと思っていた。

彼は後から知った事だけど、当時彼女はスケートに目覚めていたらしい

 

ーいいけど...歩いて行くの?ちょっと遠くない?いいの?

 ーうん、いいの...行こうよ!

 

こうして年が明けて間もない時間に二人はスケートをしに行く事となった。

スケート場への道すがら、ふざけあって、笑いあって...時々真顔で...

寒さなんて気にならない位に高揚していた彼はそっと彼女の腰に腕を回した。

嫌がれるかな?そんな不安を多少なりと思っていたが彼女も彼の腰に腕を回した。

 

お互いに人生初の経験

あの時のドキドキを二人は今でも覚えているだろうか?

 

 

30分くらい歩いて到着したスケート場

中に入った瞬間から主導権は彼女に渡っていた。

 

 

ーねぇ、滑れる?

 ーいや、殆ど経験ない

 

ーじゃぁ、教えてあげるからね

 

靴を履き替えてリンクサイドへ

 

ーねぇ、ほら、手を貸してあげるから中に入って!

 ーう、うん...おわっ!

 

ーほら、足元ばかり見ないで前をみる!

 ーお、おう...

 

ーほら、頑張って!こんな時じゃないとエラそうに出来ないから威張ってやるんだ!

 ーお...おう...手をはなさな...わぁぁ

 

何も言えない彼はこの後ひたすら彼女からスケートのレッスンを受けた。

 

 

 

明け方5時過ぎ...

ーもう朝だよ...そろそろ送っていくよ。

 

ーえ~もう帰るの? 

 不満そうな返事をする彼女。

 

来た道をゆっくり歩いた。

たわいもない話をしながら歩いた。

駅に到着するまでずっと話をしていた。

 

朝方の電車は空いていた。

彼の肩に寄り掛かって眠る彼女のその姿を彼は本当に愛おしく感じていた。

 

彼女の最寄り駅に到着。

 

 ーねぇ、私の家駅から遠いからさ...ここでいいよ。

ーうん...でも危なくないかな?まだ暗いし...

 

 

彼女は笑顔で答える。

 

ー大丈夫!でも...ここでいい代わり、夕方家に行ってもいい?

 ーもちろん、いいよ。待っている

 

ーうん、じゃぁ、後でね

 

お互いに背中を合わせて歩き出してすぐ彼女が再び呼び止めた。

 

ーね、今日はありがとう。嬉しかった!

 

彼はコトバを出さずにっこりと微笑んだ。

 

 

駅から逆方向の電車に乗込んでもう一度、ターミナル駅に戻る。

彼は自分の家の最寄り駅へ向かう電車に乗込んだ。

 

 

朝焼け、新しい年の新しい太陽がやってくる頃

 

 

彼と彼女はそれぞれの家路を辿り

それぞれの冒険を完成させた。